Discover 江戸旧蹟を歩く

 品川台場(品海砲台)

 西から順に「御殿山下台場」「第四台場」「第一台場」「第五台場」「第二台場」「第七台場」の跡と、
 現存する「第六台場」「第三台場」を見ていきます。

 ○ 御殿山下台場跡(東品川)
 ○ 品川第四台場跡(天王洲アイル第一公園)
 ○ 品川第一台場跡(品川埠頭)
 ○ 品川第五台場跡(品川台場食堂)
 ○ 品川第五台場石垣石(港区立みなと図書館)
 ○ 品川第二台場跡(東京港)
 ○ 品川第七台場跡(レインボーブリッジ下)

 ○ レインボープロムナードと品川第六台場
 ○ 台場公園(品川第三台場)
 ○ 韮山町記念碑(お台場海浜公園)
 ○ 品川台場(東京市 昭和2(1927)年)

 ○ 台場築造土取跡

    

   

 (台場公園のパンフレットを部分引用、品川埠頭の住居表示板を加工、「品川台場」(東京市 昭和2(1927)年 国立国会図書館蔵)より部分引用)



○品川台場が描かれた浮世絵

「名所江戸百景 芝うらの風景」(広重 国立国会図書館蔵)

 浅瀬を示す木の杭(澪標)の奥の海上に台場が見えます。
 右側に描かれた石垣には諸説あり、「浜御殿」説と、浜御殿の石垣は一直線なので、いくつかの屋敷を描いたとする説があります。
 「品川台場」(東京市 昭和2(1927)年 国立国会図書館蔵)に掲載の「内海御台場本芝ヨリ品川宿マデ海岸図」を見ると、
 築地から高輪にかけての海岸沿いには大名屋敷が立ち並んでいます。
 「浜御庭、江川太郎左エ門、酒井左エ門尉、紀伊殿、丹羽左京、松平肥後陣屋、真田信濃陣屋、松平薩摩」と海岸線を屋敷がジグザグに並び、
 その先高輪海岸で湾曲して凹みます。(江川太郎左衛門は台場築造に当ってここに住んでいたのでしょうかね)
 海岸線の屋敷のジグザグと高輪海岸の湾曲という特徴を見事に描いていると思うので、後者説を支持します。

   
 

 (参考)「東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図」(三代広重 明治4(1871)年頃 都立図書館蔵)部分拡大

   左端に明治5(1872)年の大火で焼失した築地ホテル館が見え、続いてジグザクの石垣が見えます。

   
 

「江戸名所四十八景 高輪秋月」(二代広重 都立図書館蔵)

 手前の東海道には高輪大木戸の石垣が見えます。海上に台場が見えます。

  
 

「東京名所図会 高輪の海岸」(三代広重)

 高輪築堤の石垣の間に、船を通すトンネルが見えます。
 海の上には台場が見えます。

  
 

「東京名勝高縄鉄道之図」(三代広重 明治4(1871)年 国立国会図書館)

 海上には台場が描かれています。
 第二台場には、明治3(1870)年フランス人の設計で完成した品川燈台が見えます。

   

  
「東京蒸気車鉄道一覧之図」(孟斎芳虎 明治4(1871)年 国立国会図書館蔵)

 高輪海岸の海の上に石垣を築いて鉄道が走っていました(錦絵の右下)。
 海上には台場が描かれています。第二台場には、明治3(1870)年フランス人の設計で完成した品川燈台が見えます。

   
 

「東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図」(三代広重 明治4(1871)年頃 都立図書館蔵)

 海上にお台場が連なっています。品川燈台も描かれています。

  

  
 

品川台場と御殿山】

「五十三次名所図会 品川」(広重)

 「御殿山より駅中を見る」とあります。
 桜が咲く御殿山から品川駅を見下ろし、海上には台場が見えます。
 切崩された御殿山は崖となっています。

  
 

「江戸名所四十八景 御殿山満花 」(二代広重 都立図書館蔵)

 海上に台場が見えます。
 御殿山は、台場を築くために土を削り取り、崖となっています。

  
 

「名所江戸百景 品川御殿やま」(広重)

 台場建造のため崩された崖の上に桜が咲く御殿山を海側から見ています。
 手前は東海道で、人々が掘削によるぬかるみを通り、崖を登っていきます。

  
 

「絵本江戸土産 再出 御殿山 当時のさま」

 挿絵には、
 「嚮にこの図を出しし後 蕃鎮の為にとて 蒼々たる大洋に御台場を築かれしとき
  この山の土を取り そのさま昔に変りぬれば 今また図して参考の便とす」とあります。
 名所江戸百景のほうでは、削られた御殿山を海側から描いています。

  
 

「絵本江戸土産 御殿山の花盛」「其二」

 削られる前の御殿山を「御殿山の花盛」「其二」として描いています。

   


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