Discover 江戸旧蹟を歩く
 
 森鴎外
  国立国会図書館「近代日本人の肖像
  文久2年1月19日〜大正11年7月9日(1862年2月17日〜1922年7月9日)

   

(森鴎外関連)
 ○ 森鴎外旧居橘井堂跡   (足立区千住) 本頁
 ○ 大正記念道碑      (足立区千住中居町)
 ○ 森鴎外居住の跡(鴎外荘)(台東区池之端)
 ○ 森鴎外旧居跡(夏目漱石猫の家)(文京区向丘)
 ○ 森鴎外旧居跡(観潮楼) (文京区千駄木)
 ○ 我武維揚(日露戦争戦利砲弾)(文京区根津神社)
 ○ 新坂(権現坂・S坂)  (文京区)
 ○ 無縁坂         (文京区・台東区)
 ○ 弘福寺(当初の墓)   (墨田区)


森鴎外旧居橘井堂跡 足立区千住1-30-3

 「千住の鴎外碑」はタワーマンションの建設により、令和2(2020)年12月4日に現在の場所に設置されました。
 原稿用紙型の解説板が新しく設けられました。
 鴎外の小説に登場する植物や、自邸に植えられていた植物などが多数植栽されています。

    

<標柱「森鴎外旧居橘井堂跡」>

 「森鴎外旧居橘井堂跡」
 「昭和四十九年十月 足立区」

    

<千住の鴎外碑>

 平成20(2008)年5月の建立です。

(碑文)
「千住の鴎外碑
 翁は病人を見ている間は、全幅の精神を以て病人を見てゐる。(中略)
花房はそれを見て、父の平生を考へて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父は詰まらない日常の事にも全幅の精神を傾注してゐるといふことに気が付いた。宿場の医者たるに安んじている父の レジニアションの態度が、有道者の面目に近いといふことが、朧気(おぼろげ)ながら見えて来た。そして其時から遽(にわか)に父を尊敬する念を生じた。
  森鴎外「カズイスチカ」より」

   

<原稿用紙型解説碑>

   

(碑文)
一段目
「森鴎外旧居 橘井堂医院跡
 森鴎外(本名、森林太郎)は近代の文豪として知られています。
 明治十二(一八七九)年に父の静雄が南足立郡医となり千住に転居して、後に橘井堂医院(きっせいどういいん)を開業しました。この頃、鴎外は東大在学中で下宿先にいましたが、大学を卒業した明治十四(一八八一)年には下宿を引き払って千住に住み、医師として父とともに医療活動に従事しました。この頃の様子は小説「カズイスチカ」(臨床記録の意味)に描写されています。
 「鴎外」という号は、現隅田川の白髭(※正しくは鬚)橋付近にあった「鴎の渡しの外」という意味で、倫太郎が住んでいた千住を意味しています。」

  

ニ段目
「鴎外ゆかりの植物たち※
右手に植えられたカシの木は、小説「山椒大夫」では柞という名前で登場します。柞はカシ類の古名で、鴎外の植物に対する造詣の深さが伺えるエピソードと言えます。」

  

三段目
「当敷地内には、このカシの他、鴎外の小説に登場する植物や、彼の自邸に植えられていた植物などが多数植栽されています。※ナツツバキ、カシ サルスベリ、ハクモクレン、ビヨウヤナギ、アジサイ、ウツギ アセビ」

  


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