圓明山西蔵院宝福寺と号します。
荒川辺八十八ヶ所霊場第2番、御府内二十一ヶ所霊場第11番札所です。
境外仏堂の不動堂にある「御行の松」が有名です(こちらで記載)。
「江戸切絵図」
「西蔵院」と「御行松」部分の抜粋です。
<山門>
山門は、安永5(1776)年の建立です。
<根岸小学校発祥之地>
(正面)
「根岸小学校発祥之地」
(右側面)
「真言宗祖弘法大師千百五十年御遠忌奉修
台東区立根岸小学校創立百十周年 記念
円明山西蔵院第丗三世義光代達立」
(左側面)
「根岸小学校は明治七年二月西蔵院庫裡に第五中学区五番小学根岸学校として開校せらる 教員三名生徒六十名官給金月十円以外は悉く民費に依る
昭和六十年二月二十一日
台東区立根岸小学校第二十三代校長藤原藤治謹誌並書」
東京市が設置した水準基標らしいです。
<札所碑>
弘化2(1845)年銘の御府内二十一ヶ所霊場第11番札所碑です。
<本堂>
<堂宇>
<庚申塔>
(説明板)
「庚申塔(台東区有形民俗文化財)
台東区根岸三丁目十二番三十八号 西蔵院
庚申塔は、庚申信仰に基づいて立てられた石造物で、江戸時代以降、盛んに造立された。
庚申信仰とは、六十日に一回めぐってくる庚申の日の夜を寝ずに過ごすことで、長寿延命や無病息災を祈る信仰行事である。地域ごとに庚申講が組織され、庚申の晩に講員が集まって行事が行なわれた。区内には、六十一基の庚申塔が現存している。
西蔵院には五基の庚申塔が立てられている。これらの庚申塔は、明暦二年(一六五六)から正徳元年(一七一一)にかけて造立されたもので、行事に参加した講員の名前が見られるものもある。一部の庚申塔に金杉村とあることから、講は金杉村の住民によって組織されたものと考えられる。
庚申塔は地域に根ざした人々の信仰を明らかにする貴重な資料であることから、本塔を含む区内の庚申塔が、平成十九年三月に台東区有形民俗文化財として台東区区民文化財台帳に登載された。
平成三十一年二月 台東区教育委員会」
宝永5(1708)年銘の庚申板碑
寛文8(1668)年銘の庚申板碑(三猿)
正徳元(1711)年銘の地蔵菩薩主尊庚申塔/造立年不明の庚申板碑
造立年不明の青面金剛庚申塔
明暦2(1656)年銘の庚申板碑
<鳥供養塚>