Discover 江戸旧蹟を歩く

 古隅田川〜柳原

  ○ 古隅田川
  ○ 柳原稲荷神社
  ○ 柳原富士塚
  ○ 柳原商栄会
    ・キデンキ(木電気)
    ・キデンキくん
    ・現存のキデンキ
    ・稲荷寿し松むら
    ・パン工房かわぐち
  ○ 憲法九条 球状の碑


古隅田川

 足立区柳原の町域は、扇型となっており、扇型の弧を描いている部分は日ノ出町、千住旭町、千住東、千住曙町との境界です。
 かつて古隅田川が流れていた川筋です。葛飾区と足立区の境界でしたが、昭和5(1930)年に荒川放水路が開削され、
 柳原は葛飾区から足立区に移管され千住地区と一体となりました。
 千住地区の地名の中で、「日ノ出町」と「柳原」だけは千住の文字がつかないのは、日ノ出町は綾瀬村、柳原は葛飾郡の一部だったからです。
 

「東京府南足立郡千住町全図」(昭和6年1月15日 足立区立郷土博物館蔵)

 昭和6年の千住町の地図から抜粋です。
 日ノ出町は綾瀬村、柳原は南綾瀬町であり、千住町の地図からはずれています。
 南綾瀬町に沿って、古綾瀬川が流れています。

  
 

<荒川>

 荒川の足立区側土手から葛飾区を望んでいます。
 小菅水再生センターと水門が見えます。

   
 

<足立区日ノ出町6/柳原2-54>

 日ノ出町と柳原との境が古隅田川跡です。

     
 

<理性院辺り>

  
 

<分岐点>

 右手へ現在の隅田川へ合流する流れと、真っすぐ現在の荒川に進む流れが分岐します。
 隅田川への流れは、京成線をくぐって隅田川へ。

   
 

<東武線橋梁>

 東武線牛田駅のホーム下を古隅田川がくぐります。
 橋梁が現在も残っています。橋梁は定期的に塗装されているようです。

    

   
 

 反対側には小さな石祠があります。

     
 

十一面観世音堂> 足立区千住曙町4-9

 京成線の線路土手に「十一面観世音堂」があり、十一面観世音菩薩が祀られています。
 「十一面観世音堂建立奉賛会」碑があります。

    
 

<東武線堀切駅>

 京成線のガードをくぐり進むと、東武線堀切駅ホームで突き当りとなりました。

   
 

<行程>

 赤丸は、理性院→東武線橋梁→十一面観世音→行き止まり

  


柳原稲荷神社 足立区柳原2-38-1

 社伝では慶長11(1606)年に徳川家康が当地を訪れ、江戸城の鬼門除けとして創建させたと伝えられます。
 そのため、社殿は東北(鬼門)の方角を向いています。

     

(説明板)

「柳原稲荷神社(やなぎはらいなりじんじゃ)
 当社の創建は詳らかではないが、『葛西誌』に「慶長四年(一五九九)の鎮守と云」とある。しかし、柳原村は、元禄年間に葛飾郡小谷野柳原村より分村独立しているので、それ以降に村の鎮守として祀られたものであろう。江戸期にあっては理性院持ちであった。
 祭神は、宇迦御魂神。明治十二(一八七九)年の東京府神社明細簿によると、本社殿、拝殿、境内二百三十五坪(官有地)とあり、境内社として、高木神社(産霊神)と日枝神社(大山咋神・東照宮)の二社があり、氏子は三十五戸と記されている。
 高木神社は江戸期の第六天社で、神仏混淆を禁止された明治以降に改称した。また明治四十四(一九一一)年に日枝神社は高木神社に合祀された。
 昭和八年(一九三三)、柳原富士講により浅間神社が勧請され、富士塚が築かれた。これは、昭和五十九年(一九八四)十一月、足立区登録有形民族文化財となった。講中による七富士巡りなどが行われている。
 また、当社に奉納される柳原箕輪囃子は、江戸期より伝わる民族芸能で、昭和五十七年(一九八二)十二月、足立区登録無形民族文化財となった。
  令和二年三月  東京都足立区教育委員会」

   
 

<柳原箕輪囃子之碑> 足立区無形文化財

 柳原稲荷神社に奉納される柳原箕輪囃子は、足立区無形民族文化財に登録されています。

  
 

<戦没者慰霊碑>

   
 

<句碑>

 「今日もまた筑波よく見え芦枯るる」

  
 

<奉納碑>

 手水鉢の後方に、大正13(1924)年の奉納碑。欠けた埴輪が添えられています。
 隣に大鳥居玉垣建設記念碑(昭和33年)があります。

    
 

<神輿庫>

  
 

<高木神社・日枝神社>

 祭神は、「高皇産霊神・大山咋神・徳川家康公」です。
 明治初期に「第六天社」から「高木神社」に改称、明治44(1911)年に日枝神社を合祀しています。

   


柳原富士塚 足立区文化財

 社殿の右隣に浅間神社があります。富士塚への入口は閉鎖されています。
 昭和8(1933)年に築造された高さ2メートルほどの富士塚で、石段によって頂上に達するようになっています。
 登り口の両側に、石灯籠・狛犬・石猿の石像が配置されています。
 塚の後方、山麓には昭和8年に建てられた丸藤浅間神社建設記念碑があります。(足立区HPを参照しました
 石階左手の狛犬は顔がとれています。石猿は右手にしか見当たりません。狛犬は他にもありました。

     

     
 

<講碑>

 ・大正9(1920)年 登山紀念 富士塚築造前の講碑です。

  

 ・昭和34(1959)年 起講四十周年記念

  

 ・昭和38(1963)年 御鎮座三十周年記念祭

  

 ・昭和43(1968)年 明治百年記念祭

  

 ・昭和51(1976)年 改元五十周年記念

  
 

<富士塚裏>

 富士塚裏の道路からです。表からは見えなかった碑や石祠が見えます。

    


柳原商栄会 足立区柳原2丁目

キデンキ(木電気)>

 柳原商栄会の南側の路地に、裸電球に傘をつけて木の電柱に取り付けた「キデンキ(木電気)」があります。
 木の電柱は2ヶ所しか見つけらず、他は鉄の電柱に取り付けらた傘のついた裸電球でした。

 「大千住マップ」(足立区観光交流協会)より抜粋
   足立区柳原の町域は、扇型となっており、扇型の弧を描いている部分は、かつて古隅田川が流れていた川筋です。
   葛飾区と足立区の境界でしたが、荒川放水路が開削され、柳原は葛飾区から足立区に移管されています。
   現在は大千住マップに掲載されているように「千住」扱いが一般的なようです。

     
 

キデンキくん>

 柳原商栄会は、「キデンキくん」をマスコットキャラクターとしています。
 松むらの店頭に置かれている「キデンキくんサインボード」です。

   

 柳原商栄会の街灯はキデンキをモチーフとしたLED灯です。

      パン工房かわぐちの前          銭湯「大和湯」(柳原2-43-1)の前        街灯アップ
    
 

現存のキデンキ>

 足立区柳原2-23-4辺り
 こちらは木の電柱ごと、コンクリ電柱にくくりつけてあるキデンキです。

     

 足立区柳原2-23-16辺り
 こちらは木の電柱に裸電球傘のキデンキです。
 完全なキデンキとしては最後の1本のようです。

   

 足立区柳原2-12、2-23辺りほか
 鉄柱に裸電球傘は、ちらほら見られました。

   

    

   


稲荷寿し松むら 足立区柳原2-23-6 03-3881-1790 定休火 8:00-19:00

 「柳原商栄会」商店街に稲荷寿司の老舗「稲荷寿し松むら」はあります。
 浅草「まつむら」のれん分けとして、昭和39(1964)年にオープン。
 店内には有名人のサインがずらりと並びます。
 メニューは、稲荷寿司1個110円とかんぴょう海苔巻1本220円のみとシンプル。
 かんぴょう海苔巻は、注文を受けてから作っているので、海苔がパリッとしていて美味しいね。

    

    


パン工房かわぐち 足立区柳原2-8-7 03-3881-0728 6:00-18:30 定休月

 柳原商栄会にあるパン屋です。

<外観>

    

    

<店内>

    

「うまくて、大きい。」と表示されていた「ブルーベリー・マフィン」180円、クリームパン130円、カレーパン160円購入。

     


○憲法九条 球状の碑 足立区柳原1-27-2

 モニュメント名:「憲法九条 球状の碑」(2022年6月)です。
 碑はステンレス製の直径1メートルのピカピカ鏡面の球体です。
 ピンク色の文字で9条の条文が、らせん状に3周で書かれています。
 球状の碑は「9」ずくめです。
 敷石で数字の9が描かれ、9枚の敷石が碑を取り囲みでいます。
 碑の頂部にピンク色の9の数字が書かれています。
 球状のモニュメントには中から光るものもあり、柳原のキデンキを見たせいか、
 この碑も中から光るのかとも思いましたが、鏡面は条文を読む人の顔が映るようにとの意図です。

    

    

    


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