Discover 江戸旧蹟を歩く
 
 梅田神明宮通り(二社一寺)

  ○ 梅田神明宮通り
  ○ 梅田神明宮
  ○ 梅田稲荷神社
  ○ 遍照院


梅田神明宮通り(王子道) 足立区梅田3丁目・6丁目〜梅田5丁目

 梅田神明宮通りは、かつて王子道という古道です。

   

    

<王子道>

 「梅田上町プチテラス」に掲示されている「旧町村古道図」からの抜粋です。
 王子道の道跡が記されています。
 日光道から西へ梅光橋、念仏橋を経て梅田堀を郷府橋で越え、関原不動を経て南進し、隅田川を渡り王子へ。
 なお、梅田堀に沿った道は古奥州道です。

   


梅田神明宮 足立区梅田6-19-4

 井上正鐵が伝道した「禊教発祥の霊場」とされています。

<社号標/鳥居>

(裏面)
 「昭和二十四年四月十五日
  井上正鐵大人百年祭記念」

     

(由緒)
「梅田神明宮
祭神
 天照皇大神 井上正鐵霊神(相殿)
由緒
 創建は、慶長年間と伝えられ、始め地主神を勧請されましたが、明暦或いは宝暦年間の江戸の大火によって芝神明宮が類焼した直後の頃、神明社として建立されたと伝えられ、後に梅田神明宮と称されました。
 天保十一年(一八四○)四月十五日、井上正鐵大人(うし) が神主に就任し、息の行法を以って神道の極意を伝え、大名から庶民に至る迄あらゆる階層の人々が入門して
教えを受けるようになりました。正鐵大人は禊教教祖として崇められて相殿に祭神として祀られ奥殿脇に井上神社として奉斎されています。 正鉄大人によって伝えられました神道行法は今に引き継がれて斎行されており、当宮は禊教発祥の霊場です。」

  

<教祖碑(禊教師井上正鐵碑)>

 参道左手にある漢文で記されている井上正鐵碑です。

    

<石碑>

 「教祖真門高弟」等の名前が刻まれています。

  

<手水舎>

 手水鉢は文化12(1815)年銘です。

   

<保存樹林>

(説明板)
「足立区指定 保存樹林 第21号
 境内には多数の樹木が林立し、境内全体が保存樹林に指定されています。当宮は「みどりは命」を合言葉に区のご指導の下、樹木を大切に育て守り、神域にふさわしい環境の維持に努めております。近隣の方々をはじめ皆様のご協力をお願い申し上げます。
  平成27年12月製作」

  

<御神木>

   

<歌碑>

  

<力石>

 土止めに力石が用いられています。

   

<禊教教祖御旧宅>

 「禊教教祖御旧宅
  天保十一年(一八四○)よりお住まい」

   

<井上神社>

 社殿と御旧宅の間に井上神社が鎮座しています。

   

<社殿>

 社殿は明治7(1874)年の造営です。

  


梅田稲荷神社 足立区梅田5-9-5

 旧・梅田村の鎮守です。

<堂宇>

 神明宮通りに面して、石碑を納める堂宇があります。

   

 手前左は寛延3(1750)年銘の庚申塔。
 手前右は六十六部供養塔。大日如来が中央に陽刻されています。

   

 後列に庚申塔があります。

     

<参道>

    社号標「稲荷神社」、鳥居       扁額「稲荷大神」
    

       社務所             神楽殿、神輿庫          文久元(1861)年銘の手水鉢
    

<王龍石>

 拝殿前右手の 「王龍石」と刻まれた力石。

  

<神狐>

   

<天水桶>

 山崎甚五兵衛の鋳造による天水桶です。

 「昭和三十四年九月吉日 製作人 川口市 山崎甚五兵衛」

    

<神狐>

 「文久元年十一月」
 「再建 昭和三十六年初午」

     

<社殿>

  

<井上鉄正夫妻の墓>

 神社ですが墓があります。井上鉄正夫妻の墓です。

  


遍照院 足立区梅田5-9-3

 遍照院はかつて梅田稲荷神社の別当でした。
 荒川辺八十八ヶ所霊場第42番札所、荒綾八十八ヶ所霊場第30番札所です。

     

<梅栗小学校跡>

 標柱「梅栗小学校跡」が建っています。
 明治15(1882)年より、本堂を楳栗小学校(現在の梅島小学校)の仮校舎としていました。

 (表)「梅栗小学校跡」
 (裏)「昭和五十三年十一月 足立区」

   

<宝篋印塔>

(正面)「弘法大師 興教大師」

   


戻る