来たことがあります。「大手門几号水準点」(こちらで記載)
普段は手荷物検査で外国人観光客が行列しているので、皇居東御苑閉園日に撮った画像です。
<説明板「大手門」> 千代田区千代田1先 大手門橋の植栽内
標柱「大手門」が撤去され、説明板「大手門」が設置されています。
(説明板)
「大手門
この門は、江戸城本丸登城の正門で、城門警護は10万石以上の譜代大名が務めていました。門の建設は1606年(慶長11年)に藤堂高虎が行ったとされ、1657年(明暦3年)明暦の大火で焼失した後1659年(万治2年)に再建されました。
現在の門は、手前の高麗門が1659年、渡櫓門は1966年(昭和41年)に再建された建築物です。門内には、「明暦三丁酉」の記銘がある旧大手門渡櫓の鯱が置かれています。 千代田区」
<大手高麗門>
几号水準点を再確認しました。
<大手門渡櫓>
大手門渡櫓は昭和41(1966)年に再建されています。
<鯱と説明板>
(説明板)
「大手門
大手門は江戸城の正門で、諸大名がこの門から登城しました。大小2つの門に囲まれた枡形は、侵入する敵を阻止・攻撃し易い構造になっています。大きい方の門は、昭和
20年(1945年)4月の空襲で焼失し、昭和42年(1967年)に復元されました。焼失前の門の屋根に飾られていた鯱には、頭部に
「明暦三丁酉」(1657年)と刻まれています。こ
の明暦3年には、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火が起きており、鯱は、大火の後、江戸城再建時に製作されたものと考えられます。」
「玄猪諸侯登城大手下馬ノ図」 (千代田之御表 楊洲周延 明治30年 国会図書館蔵)
玄猪の儀式のため江戸城に大手門から登城する大名や、主君の帰りを待つ家臣の姿が描かれています。
大手門ではかがり火を焚いています。