「盛夏路上の図」(東都歳事記)
江戸時代は小氷河期で、現在よりも夏の平均気温は2〜3℃は低かったようです。
富士山と大山が山開きした夏の光景で、富士参りか大山参りの講人が歩いています。
路上で商売をしている者が多く描かれています。
固有名詞の店名「大坂屋」「松本屋」が見える三差路のこの場所はどこでしょうかね。
【水菓子屋】
通りの向こうでは、「水菓子屋」がスイカを切っています。桃と瓜も売っています。
【川魚料理店】
右上には「利根川」と書かれた看板に「鯉」の文字が見えます。店の入り口は「松本屋」の屋号です。
【虫売り】
その前の屋台には「虫いろいろ」の箱看板が見え、子どもが篭に関心を示しており、虫を売っています。
【天麩羅屋台】
左下には「天麩羅の屋台」が出ています。
【按摩】
前の道を、杖をつき笛を吹いて客を捜す「按摩」。
【定斎屋】
薬売りの「定斎屋」が歩いています。
【わいわい天王】
こちらに向かって天狗の面をつけた「わいわい天王」が歩いています。牛頭天王の紙牌をまき、拾った子の親に銭を乞い歩いた者です。
【冷水売り】
天麩羅屋台の右には「冷水売り」です。
【ところてん売り】
さらに右には男がところてんを食べていて店主がところてんを突いています。
【水撒き男】
底に穴を空けた桶を担いで路上に水をまいている「水撒き男」が見えます。水を撒いて料金を取っています。
さらに右手には、男が柄杓で水をまいています。
【大坂屋】
大坂屋で子どもたちが格子の蓋のある箱をのぞきこんでいます。中には水生生物がいるのか、メダカや金魚が泳いでいるのか。
「千住大橋の綱曳」(東都歳事記)
6月9日に行われた千住大橋の綱曳神事が描かれています。
橋を挟んで北と南で曳き合いました。けんかが絶えず取り止めとなりました。
「歳暮交加図」(東都歳事記)
左手に「書肆」、右手に「江戸名所圖會二十冊出来」の看板の店は、東都歳事記版元の「須原屋茂兵衛」です。
日本橋の通一丁目を描いていることになります。
往来では餅つきをしています。「餅つき屋」は依頼を受けて商売として餅をついていました。
松を馬で運んでいる人と担いでいる人の門松売りが見えます。大店には立派な門松が見えます。
「江戸年中風俗之絵」(橋本養邦)
歳暮部分を抜粋しています。
煤払いの光景と、煤竹売りが見えます。
餅つきをしているところや、門松売りが見えます。
左下部分の拡大です。
「餅つき屋」は、火がついたまま!の竈を運んでいます。
次から次へと出張「餅つき」をしていたことがわかります。
「北斎漫画 餅ハ餅屋」(葛飾北斎)
きねを持っている男は素人で、キセルをくわえて座っているのが餅屋なのでしょう。
歌川広景がこの画をパロッています。
「江戸名所道戯盡 三十六 浅草駒形堂」(歌川広景 東京都立図書館蔵)
「十二月之内 師走餅つき」(三代豊国 安政1年)
江戸庶民は賃餅といって菓子屋に餅を注文しましたが、武家や富裕な商家は家で餅をつきました。
提灯や男性の半纏には、版元の蔦屋吉蔵(紅英堂)の富士に一つ星と蔦の葉の家標が見えます。
蔦屋吉蔵は蔦屋重三郎の別家で錦絵等の大手版元です。
左下にはおろし金と大根が見えます。大根おろしあえで餅を食べたのですね。
「煤払い」(東都歳事記)
12月13日に煤払いと呼ばれる大掃除が行なわれました。
煤払いが終わると、胴上げが行われました。
「豊国十二ケ月 十二月煤掃」(豊国)
まだ畳が積み上げられたままですが、胴上げです。
「千代田之大奥 御煤掃」(楊洲周延 明治28年)
大奥でも煤払いが行われ、胴上げも行われています。